希望を失くすな東京中受2019

今回は力を抜いて楽にやります。

「階級」好きな関東人のつまらない見得??

一郎です。今日は都下北部も大雨でした。豪雨災害に見舞われた方にお見舞いを申し上げます。


そんな中、今日も我が家の中受生活は続く。最近は通勤の間も考えます。一体どうなるんだろうって。いまの手持ち偏差じゃ第一志望は無理。でも、うちの子は頑張ると言っているし、実際またエンジンがかかってきた。しかし、手を伸ばした過去問で即撃沈。。。


どうなんだろう。中受って本当に大事なんだろうか。教育というか、人に何かを教え伝えるということは、結局、社会にとって守るべき価値や伝統を未来の世代にしっかり伝えることじゃないんでしょうか。


そう勝手に定義すると、中受はきわめて「功利的」で、価値や伝統と関係ないように見える。功利的かつ保守的、というか「江戸気分」の抜けない、「階級」好きな関東人のつまらない見得なのではないか。


都下北部で関東批判をすると怒られそうなのでやめますが、一郎には、その意味がやはりわかりません。結局、勉強は独りで、自分でするもの。どの学校でも勉強する人はするし、私立に頼る必要はない。


一つ経験的に言えることは、受験に臨むうちの子と一緒に自分もさらに成長できた、そんな気がすることですね。一緒に基礎教科を学び直し、子供との関係も脱構築できるような気がします。国語も算数も過去問は面白いし、自分が小学生になってもいいかも(笑)。


そんなチャンスを得たことは自分にとっても得難い体験なんだろうな、と一瞬思います。もしかしていまが楽しいのかも! ちょっと躁うつ病の気がある一郎は思います。受験が終わったら、脱力しそうですね。。。





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